「大好きな作家さんを訪ねて」第1回 ガラス作家・美術家 辻和美さん
第1回目となる「大好きな作家さんを訪ねて」は、全国にファンを持つガラス作家・美術家の辻和美さん。今回は、私たち金沢美大生の先輩でもある辻さんの工房を訪問。創作活動のテーマや金沢で活動している理由などを伺いました。
辻さんは、なぜ金沢を拠点に活動しているのですか?
カリフォルニアにあるCCAC(カリフォルニア美術工芸大学※現カリフォルニア芸術大学)のガラス科を卒業した後、ミラノのデザイン事務所に数ヵ月、研修員として在籍していたんですね。26歳ぐらいのときかな。収入はほぼゼロ。親からの支援が底を尽きかけて、どうしようと思っていたときに、ちょうど金沢の知人から連絡があったんです。
当時、金沢市が「卯辰山工芸工房」という若い工芸家の育成をめざした研修所を立ち上げて、そこのガラス工房の助手として招かれました。以来、両親がいるこの町に腰を落ち着けて、活動を続けています。
金沢という街の良さはどんなところだと感じていますか?
食べ物がおいしいところ(笑)。もっとアーティストらしい答えを期待していたらごめんなさい。でも、これって意外と作家にとってメリットなんですよ。たとえば、雑誌で工房やギャラリーを掲載してくださるときにも、東京の出版社から記者が金沢までわざわざ来てくれるんですね。ふつうなら電話取材で終わってもおかしくないのに。実は、みんな取材のついでに寄るお寿司屋さんや小料理屋さんが目当てなんですよね。「出張理由」がある(笑)。
東京から山を挟んで反対側にあるローカルな地でも、こんなに作品をじかに見てもらえるチャンスが多いというのは、とても恵まれている環境だと思います。また、観光客の方もギャラリーに立ち寄ってもらえますし、なにより地元の方がアートやクラフトに興味がある方が多いですしね。
アーティストとしてガラス作りの魅力を教えてください。
いっぱいありますね。私がやっているのは吹きガラスなんですが、体全体を使って作るというのが一つの特長です。絵画や陶芸なんかは座ってやるでしょう。吹きガラスは工房でご覧いただいたとおり、炉と作業場の間をくるくると立ち回り、巻くときには全身を使って竿を動かします。
かなりハードな体力仕事ですよね。仕上がった作品の可愛らしさからは想像できないくらい。しかも炉が熱そうです。何℃ぐらいあるんですか?
1200℃ぐらい。しょっちゅう火傷しますよ(笑)。でもそうやって体全体を使って作品をこしらえていく感覚が私の性に合っていると思います。熱したガラスは、溶けて水あめのようになっているんですね。固体と液体のあいだ、融体というのですが、そんなドロドロしたものから、コップのような形あるものに仕上げていく楽しさは吹きガラスならではですね。
最近の辻さんの作品は、コップやボウルなど日常に使う工芸品が多いように感じます。以前はアート作品も多かったと思いますが?
そうですね。以前は二足のわらじという感覚で、工芸とアートを作り分けていました。工芸では日常生活のためのコップやボウルを作り、アートでは同じ日常でも現代社会のひずみを表現するようなメッセージ性のある作品を作っていました。板ガラスを立てて、それを「あなたと私を隔てる壁」と言ってみたり、それが割れたらどうなるんだろうと考えてみたり、ネガティブな日常を描いていたんですね。でも、それを続けるうちにふと、こんな壊れそうな日常を表現していたらダメだなと思い始めたんです。本当のアーティストってこうじゃない。ネガティブな日常をどうすれば幸せな日常に変化できるか、そのための作品を作るのがアーティストの使命なんじゃないかって。だったら、私にはコップ一つしかないなと思いました。すると、自分の中で両極にあったアートと工芸が少しずつ歩み寄ってきたんです。
いまはコップ一つにしても、それを売ることが目的ではなくて、幸せな気持ちを手渡すにはどうすればいいか、いかに持つ人の気分を明るくできるかを考えて作っています。
辻さんの作品を見ていると、心がまあるくなる感じがします。
ありがとうございます。モノって、使って便利かどうかはもちろん大事ですけど、持っているだけでその人を幸せにする力もあると思います。疲れてビールを飲むときも、機械で作った味気ないグラスよりも、人の手で作ったグラスで飲むほうがじんわり癒される気がする。そんなささいな日常のお手伝いをガラスでできたらと思っています。
「生活工芸プロジェクト」もそういう想いの延長線上ですね。
ええ。金沢市から声をかけていただき、3年間プロジェクトディレクターとして展覧会を催しました。いま「生活工芸」と聞くと、ある程度作品のイメージがつくと思いますが、企画当時は「生活工芸」という言葉自体がこの世になかったんです。ただ、全国には日常生活をテーマに誰かの暮らしを幸せにする作品を作りつづけている作家さんたちが多くいた。それをほかの工芸と区別して、日本の一つのムーブメントとして発信できないか、その発想が原点でした。1回目は「使い手」の視点、2回目は「作り手」の視点から「生活工芸」にふさわしいモノを紹介しました。3回目は「繋ぎ手」。ギャラリーやショップ経営者の方々、美術館学芸員、スタイリストの方など「使い手」と「作り手」の間に入っている人々に「生活工芸」を紹介していただきました。紹介作品は3冊の素敵な本になっているので、良かったらご覧ください。そして生活工芸プロジェクト自体は「モノトヒト」というセレクトショップにコンセプトを変えて、いまも継続しています。お店は金沢21世紀美術館のすぐそばにあります。
「color」や「reclaimed blue project」という色をテーマにした作品を発表されていますね。
「color」は予想以上におもしろい試みでした。シンプルなコップの形を2種類決めて、そのカラーバリエーションを工房で出せる49色ぜんぶ用意したんです。合計98種類の色とりどりのコップ。展覧会ではそれをテーブルにずらりと並べました。そうしたら、お客さんが色を選べるということにすごく反応して、それぞれお気に入りの色を探したり、誰かに似合う色を見つけて買ったりと、ちょっと幸せな時間をそこで過ごして帰られたんですね。本来、作家は自分の好きな色を提示するものですが、お客さんに選んでもらうことによって、幸せのお手伝いができる。そういう新しい方法論も1回1回の展覧会で試しています。
「reclaimed blue project」は私の工房初のリサイクルプロジェクトです。うちの工房では定番商品に黒いガラスをよく使っているんですね。あるとき工房にたまった廃棄用の黒いガラスを中心に、溶かし直しをやってみたのです。ごちゃまぜに溶かすと、絵具のようにグレーのガラスになるかと思いきや、藍色と呼んでもいいような深い青が生まれた。うちの工房でしか生まれないこの青を「reclaimed blue」と名づけて、リサイクルを始めました。と言っても、ただコップを作るのではなく、韓国の李朝写しなど、これがリサイクル?と思われるような、意外性のあるものを作っているつもりです。
なぜ色をテーマにしたのですか?
やはり単なるガラス屋ではなくて、現代美術を勉強した自分だからこそできるコップの提案をしたいという思いがあるんですね。今日、私がこうやってガラス作りでご飯が食べられているのも、いまから思えば、大学でグラフィックを学んだり、洋服業界に憧れたりと、ベースになっているものが、ガラスではないところが、面白かったのではないかと思います。最近「青と白」という小冊子も作りましたが、色をテーマにするところとかもグラフィック育ちなんだなと自分で感じますね。就職で挫折して、アメリカへ留学したことも、イタリアで修業したことも、みんないまの創作活動に活きているような気がします。だから、学生のみなさんも、どんどん我が道を歩んでください。そして挫折してくださいね(笑)。いろんな寄り道が引き出しになると思いますよ。
はい、がんばります。これからも辻さんの新作を楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。(2013年11月取材)
0コメント